明日は我が身

8月10日に投稿した広陵高校野球部内で起きた「部員間の暴力を伴う不適切な行動」に端を発し、広陵高校がついに甲子園を辞退した件については、全国の学校野球部やシニア、ボーイズなどのクラブチーム、少年野球チームまた野球以外の競技のチームの指導者、関係者であれば皆、これは広陵高校の問題だけではなく、「明日は我が身」とどこでも誰にも同様なことが起こっても不思議ではないと不安を覚えることだったのではないだろうか。世論やマスコミ、SNSが広陵や高野連を批判している中で、全国の指導者も今回の件についてはコメントしづらいのか、あまり声が聞こえてこないが、その中でも東大阪大柏原を甲子園に導いた土井監督が勇気を持ってこのようにコメントしている。「指導者のほとんどが明日はわが身と感じているんじゃないですか。私立の強豪校だろうが、普通の公立校だろうが、いじめや暴力事件は、起こり得る。生徒のことを365日、24時間目配せするのは無理だし、ときに子どもの行動は予想を超えてきますしね」これが指導者側としての偽らざる本音だろう。今回の事件は、今の教育現場で抱えている苦悩と世間一般の人との意識に乖離があり、問題を複雑にしている部分があるので、こどもへの指導に直接あたっている立場からの意見と問題点を再度まとめて書きたいと思う。

被害者の母親の訴えの内容

まず前提として、事件が被害生徒の母親が息子が受けた被害をインスタであげ、それがSNSで拡散され、世論が形成されている。母親が訴えた内容の要約は以下の通り。

1月23日の早朝にコーチから「息子さんが寮からいなくなった」と連絡があり、「2年生が寮内でカップラーメンを食べたのを見つけ厳しく指導したこと」とやりとりの中で「責任感のある2年生も多くて、息子さんも何故食べたら駄目なんですか?」と上級生に刃向かう態度を見せてしまった」という話があった。

自宅に戻った息子から話を聞くと「10人以上に囲まれ、死ぬほど蹴られた、顔も殴られた」と訴える。この件をコーチに連絡すると「ほぼ訴えの内容が確認された」ことを認め、加害者と接触しないような対応を約束した。しかし、その後この約束は実行されず、被害者と監督が面談した際に「嘘をつくな」「高野連に報告したら2年生の対外試合がなくなるがそれでいいのか」と恫喝される。

その後、2年生の一部が謝罪するが、話を合わせるように強要する者や睨む者もいた。押す、罵倒するなどいじめが寮内で続き、精神状態が悪化した被害者は再び寮を脱走し、途中自殺も考えたと告白する。この状況にコーチは「生きていてくれてよかった」と伝えるが、学校側への不信感が強まる。そして、中学校や小学校の関係者にも相談し、本人を説得するが、野球部には復帰できず、結局3月に転校を決定する。

暴力行為は問題外だが

とだいたい転校までの経緯は以上の通りである。しかし、学校側は発表した内容は、加害生徒は4人で、「胸を叩く、頬を叩く、腹部を押す、胸ぐらをつかむ行為」をしたというもので、暴力の事実があり、それが不適切な行動であることは認めているが、母親が主張する「10人以上に囲まれ、死ぬほど蹴られた、顔も殴られた」とは人数と暴力の程度の違いが感じられる。SNSでの学校側や加害生徒への批判は、この母親がインスタにあげた事実をもとに行われている。もちろん、自分も被害者の生徒が主張する通り、10人以上から死ぬほど蹴られたり殴られたりしたのなら暴行罪で、やった生徒は試合の出場はおろか、学校を退学で、刑事事件として警察が動いて犯罪として裁かれるべき案件であると思っていることははっきり述べておきたい。世間の人や報道、コメンテーターなども、被害者の主張を鵜呑みにするのであれば、「なぜ広陵高校はのうのうと甲子園に出場しているんだ」「いじめなどではなく暴行事件じゃないのか、なぜ学校は警察を入れて捜査してもらわないのか、問題の隠蔽だ」という意見になるのは理解できる。しかし、問題は加害者側と被害者側の言い分が異なっているということなのだ。

事実はどこにあるかは闇の中

 今回の場合の加害者側と被害者側の主張をわかっている事実が限られるので自分の推測も含めてまとめると以下のようになる。

加害者側

被害者が寮内の規則を守らなかったので指導したところ、「なんで食べたらダメなんですか」など、上級生に向かって反抗的な態度をとってきたので、頭にきて胸を叩く、頬を叩く、腹部を押す、胸ぐらをつかむなどの暴行行為をしてしまった。

被害者側

カップラーメンを食べただけで、理不尽に10人以上の上級生皆から死ぬほど蹴られたり、顔を殴られたりという暴行を加えられた。

これは、通常で考えればやった側は自分を守るために当該行為を過少に申告するということはよくあることだし、逆にやられた側は自分を守る必要がないのでウソをつく必要がなく、主張が信じられるものと理解をするが、こういったケースの場合はやられた側も被害過大に主張することが多い。

自分がこどもを指導してきた経験では、こういった場合、加害者側は自分のやったことをかなり過少に申告するので、後輩のくせに態度が悪いので、頭にきて相手を脅かしてやろうと思って「ちょっと手が出てしまいました」という感じの主張だったかもしれない。そして被害者側も今回の場合、自分が規則を守らなくて指導を受けたという弱みがあるので、「ちょっとやられました」程度では、自分の立場が悪くなり、相手の正当性が出てきてしまうことから、第三者が「これは酷い」と思うような被害を訴える必要性が出てくる。結果、両者の言い分は大きく異なることになるのだ。実際、被害者のいう通り死ぬほど蹴らりたり殴られたりしたのであれば、普通は病院にいって治療するのが普通なのではないか。今の段階でこの件について診断書が出てこないということはきっと病院には行っていないのであろう。

教育現場の苦悩

学校側の対応を見ると、最初に関係者に事実関係を聞き取った段階で、被害者の「死ぬほど蹴られたり叩かれたりした」という主張をそのまま鵜呑みにはしていない。それは学校側の発表をみると加害生徒は4人で、「胸を叩く、頬を叩く、腹部を押す、胸ぐらをつかむ行為」をしたという発表内容からわかる。両者の言い分として暴行の程度の違いが見受けられるものの暴行行為があったことは認められるので、加害者側が認めた点について高野連に報告し4名の生徒の1カ月の出場停止と厳重注意という処分を受け入れたのだろう。しかし、本当に軽い暴力だったのかどうかはよくわからないところ。よく学校はいじめや暴行の事実を矮小化したり、隠蔽したりすると世間から思われているが、こういうことをするメリットは実は学校にはない。事実が確認できれば、それをしっかりと認める方が学校としても問題に対処しやすいのだが、被害者の主張に沿って加害者が認めていない点まで、学校がそれを認定するということできない。もし、それをしてしまえば学校は加害者側の人権を踏みにじることになり、そちら側から痛烈に批判されることになる。ここが一番の問題で、世間の関係ない人は被害者がやられたといっているんだから、加害者が嘘をついているに違いないという感覚で好きに批判できるが、学校はそういうわけにはいかない。そして両者の言い分が違う場合、利害関係のないまったくの第三者が事件の現場を見ていれば、証言がとれるが、今回の場合、当事者以外は現場におらず、真相は闇の中で学校はそれ以上調べようもないし、事実の判定もできない。世の中にはこういったことがよくあると思うが、お互いの言い分の相違に納得できない場合は、裁判で決着することになる。しかし学校は裁判所ではないので、言い分の違う両者を裁く権力はない。

学校の対応の実際

しかし、こういう矛盾がいじめ問題には出てくるので、被害者の言い分を重視して被害者側が傷ついたならそれはいじめに認定するという「いじめ防止対策推進法」ができたのだ。この場合、暴行の事実は加害者側からも確認できているで、被害者も精神的、肉体的苦痛を訴えており、3月まで欠席していたことも想像できるので「いじめ重大事態」に該当する案件となるが、法律には被害生徒が転校した場合の対処がなく曖昧で、学校とすれば「いじめ重大事態」はなるべく避けたいので(これに該当するととても報告書の作成や何度も会議を持たなくてはいけなくなるなど業務量が一気に増える)転校した場合はそれによって問題は解決したと認識することが多い。これも世間からすればおかしいと思われるだろうが、学校は教育機関なので本来、罰を与えたり、どちらが正しい主張をしているのかを判定することを目的として活動しているのではなく、生徒が困っている状況を解決するのが責任であり、転校を持って被害者生徒側への対応としてできることがなくなるので、後は加害者側への処分等を検討するだけとなる。

学校が加害者へ退学などの重い処分をしない理由

広陵高校への批判として、加害者への処分が軽すぎる、試合に勝ちたいから主力の選手たちを処分できないのではないかというものがある。被害生徒がどのような生徒かはわからないが、一般的によくあるケースとしては、下記のようなケースがある。

下級生で試合の中心となる上級生とは意識に差があり、普段からあまり態度もよくなく、指導にも従わずチームがやっていることやルールも破りがちでチームやチームメイトへの不満や批判をする。

最初は個々に上級生が口頭で注意するが、指導が通らず逆に不貞腐れた態度をとる

こういう状況になった場合、会社等では大人なので、「こういう奴なんだな」と考え、後輩の出方を伺いながら自分が後でパワハラなどといわれると自分が馬鹿を見るので適当に対処して、困っていることや生意気な後輩の対応へのストレスを上司に相談することになると思うが、ここは部員が自分の意志で覚悟を持って参加してきているはずの昭和的気質の体育会系の世界。そんな甘い対応をしていれば、チームの規律がなくなり自分の立場も無くなるので、こういうのをしばかないと組織の秩序が崩壊するし、指導者に相談しても、「お前らが何とかしろ」と言われるか、連帯責任を問われ指導されるのが関の山。こういう状況に身を置いているまだ未熟な高校生はどうしたらいいのか。そこで、軽い暴行を加え相手を脅すという手段に出てしまってもこの上級生を心から責められないのが身内というもの。したがって監督の指導が民主的ではない昭和タイプのチームでは下級生の舐めた態度を相談して解決することが難しいので、まだ血気盛んな高校生の男子がこういうトラブルが起こすことはめずらしいことではないのだが、今回は、広陵が甲子園に出場し世間の目を引きやすい中で被害者側が広陵を出場辞退させることを狙ってSNSに被害を訴えたことで問題がこれだけ大きくなってしまったということ。したがってこれは野球だけではなく、全国のあらゆるカテゴリーのチームにとって他人事ではなく、いつ起きてもおかしくない話なのだ。

 そこで出てくるのが、そういう組織がダメなんじゃないかという議論。この時代にこんな昭和的な集団はおかしい、時代錯誤であるという主張をする人もこの考えに基づいている。これについては次回投稿したい。

投稿者

管理人ひろ

大学卒業後、サラリーマンとトラックの運転手を経て中学校の教員として30年間勤務。2025年3月、57歳で早期退職。FIREの生活に入る。人生のセカンドステージのキーワードは「志に生きる」

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